昨年の2024年9月30日、
所蔵者の立花家史料館と寄託先の柳川市(柳川古文書館)、そして東京大学史料編纂所の三者で連携協定が結ばれ、大友家文書・旧柳川藩主立花家文書(立花家史料館所蔵分)の高精細デジタル画像がWEB公開されました。
公開から10ヵ月──
もう高精細デジタル画像をご覧になりましたか?
高精細であることで、文書の大きさや紙の質感、筆の勢い、そして花押(サイン)の形といった、これまでの活字史料集ではなかなかイメージしにくかった情報も、視覚的にしっかりと受け取ることができます。
ただ文字を“読む”だけでなく、 まるで目の前にあるかのように、史料そのものをまるごと観察できるのです。
では、研究者イチオシの一通で、高精細画像の楽しさを実感してみましょう!
00000339が本紙、00000338は包紙です
おわかりいただけたでしょうか?
本状のサイズは縦10.5㎝×横8.4㎝!
手のひらに収まるほどの小ささです。
高精細画像を拡大すると、薄絹の織目によって文字が歪んでいる様子がはっきりとわかります。
画面越しにも、絹布のリアルな手触りが伝わってくるようです。
墨書されているのは、わずか54文字と花押。
わたしでも読めるほど明瞭な文字で、大変ありがたい。
自伯耆国蒙 勅命候之間/令参候之処遮御同心之由承/候之条為悦候其子細申御/使候畢恐々謹言/四月廿九日 高氏(花押)/大友近江入道殿
この書状は、元弘3年(1333)、隠岐島(現在の島根県)に配流されていた後醍醐天皇が、伯耆(現在の鳥取県)へ脱出して出した倒幕命令を受けて、足利高氏 (のちの尊氏) が各地の武士に挙兵を呼びかけた“軍勢催促状”の一通です。
豊後(現在の大分県)の武将・大友貞宗[?-1334]に宛てた本書状は、すでに活字史料集などで広く知られていました。
大分県教育委員会 編『大分県史料』第26 (第4部 諸家文書補遺 2),大分県教育委員会,1974. 207コマ
国立国会図書館デジタルコレクション 〔 送信サービスで閲覧可能〕
わたし自身も、柳川古文書館の特別展「大友家文書の世界」(2017.10.11~12.6)と、九州国立博物館の特別展「室町将軍- 戦乱と美の足利十五代」🔗 (2019.7.13~9.1)にて、この書状を実見しています。
そのときは、
「小さな絹布に書かれた、珍しい手紙だな」
「尊氏が『高氏』と名乗っていた期間は短そうだから、レアな一通なのかも」
と、ぼんやり眺めていました。
実際、この書状を出した年の8月には、 討幕の功績により後醍醐天皇から諱「尊治」の一字を与えられ、「高氏」は「尊氏」へと改名しています。
また、小さな絹布が用いられた理由としては、使者に隠し持たせて密かに運ばせるためだったと考えられています。
このとき高氏が出した”軍勢催促状” は、畿内近国の武士に宛てた4月27日付のものも13通ほど確認されているようです。
しかし、小さな絹布の “軍勢催促状” は、関門海峡を越えた先 ―― 豊後の大友貞宗、肥後の阿蘇惟時[?-1353] 、薩摩の島津貞久[1269-1363] に宛てた4月29日付の3点しか確認されていません。
さらに注目すべきは、この3点のうち「遮御同心之由(先立って同心のこと)」つまり「いち早く味方になった」と明記されるのは、大友貞宗宛だけなのです。
相田二郎 著『日本の古文書』上,岩波書店,1949.
国立国会図書館デジタルコレクション 〔 送信サービスで閲覧可能〕
👉モノクロ画像ですが小絹布の “軍勢催促状”3点を見比べたい方▶️ 292コマ
👉島津貞久宛 “軍勢催促状” ▶️ 【国宝】「島津家文書」4枚目の画像/文化遺産オンライン
👉 4月27日付 “軍勢催促状”の一例▶️ 「足利尊氏(右筆)軍勢催促状」 慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)所蔵/Keio Object Hub
わたしは近世美術史を専門とし、中世史は教科書で学んだ程度なので、
へぇ、立花家史料館はこんな貴重な書状を所蔵していたのか……と、しみじみ満足して終わっていました。
なぜ立花家史料館が、【重要文化財】「大友家文書」を所蔵しているのでしょうか?
「大友家文書」は、豊臣秀吉により改易された大友家22代・義統が23代・義乗に譲ったあと、時期と理由はわかりませんが、 遅くとも延宝7年(1679)までには柳川藩主立花家の所有となっているようです。そのまま立花家に伝来し、そのうち290通が平成5年(1993)に国の重要文化財に指定されています。
◆販売中◆解説本『大友と立花、歴史の絆ー九州の名門が紡ぐ戦国史 』500円(税込/送料別)名門武家であった大友家と、近世大名家としてその歴史を受け継いだ立花家。両家の関係を【重要文化財】「大友家文書」「立花家文書」や、大分県立先哲史料館所蔵文書から紐解く。 「雷切丸」「【国宝】短刀 銘吉光」の話も! ◎ A5判カラー40頁
ところが、最近話題のTVアニメ『逃げ上手の若君』 🔗 を観たことで、「足利高氏(尊氏)書状 」(大友家文書・書簡1-1) の“解像度”が思いがけず高まってしまいました。
せっかくなので、わたしの衝撃を皆さまにもオスソワケしたいと思います。
こちらの【重文】「大友家文書」も高精細画像で実感してください
優秀な研究者の方々の尽力により公開が実現したデジタルアーカイブズ「立花家史料館所蔵史料」を、お気軽にどんどん活用いただけましたら幸いです。
参考文献
「特別展『大友家文書の世界』展示解説シート」 2017.10月 柳川古文書館、九州国立博物館 編集『室町将軍-戦乱と美の足利十五代-』2019.7.13 西日本新聞社・TVQ九州放送・テレビ西日本
【立花家伝来史料モノガタリ】
立花家伝来史料として大切に伝えられてきた”モノ”たちが、今を生きる私たちに語る歴史を、学芸員と読み解いていきます。
⇒これまでの話一覧 ⇒●ブログ目次●