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シン・立花伯爵邸西洋館煙突

2024/3/24

前回のあらすじ
平成17年(2005)3月20日に発生した福岡西方沖地震で破損した立花伯爵邸西洋館煙突。
12月から「名勝松濤園内御居間他修理工事」(2005.12~2007.3) が始まり、レンガ造の煙突は解体されて個々のレンガとなりました。あとは積み直されるのを待つだけです。(前回は先にレリーフ復原の話をしました。)





平成18年(2006)の春、立花伯爵邸の煙突は全解体され、この世界に存在しなくなりました。



西洋館1階食堂から見ると、こんな感じ。



しかし、解体された個々のレンガには番号が付され、丁寧にモルタル(セメント+砂+水) がはがされた後、また記録の通りに積み直して、「立花伯爵邸西洋館煙突」は再構築されるはずでした。

ですが、積み直すにあたっては「耐震補強」が必須であり、ただ元に戻すだけとはいかなかったのです。


「耐震補強」とは、 建造物の強度や靱性を改善して、耐震性能を向上させること。世界でも有数の地震多発地帯にある日本では、耐震・制震(制振)・免震の三対策がとられていますが、すでに建っている文化財建造物ではもっぱら「耐震補強」が選択されます。



明治43年(1910)に建築された立花伯爵邸西洋館は木造ですが、耐火でなければならない煙突はレンガ造です。

木造の建築が一般的であった日本では、 洋風建築の技術とともにレンガ造がもたらされ、明治時代の耐火建築物に盛んに用いられるようになりました。しかしながら大正12年(1923)の関東大震災を境に、耐火建築物の主流は施工の簡単な鉄筋コンクリート造へと変わっていきます。



明治・大正期(1868~1926)につくられたレンガ造の建造物は、ほとんどは現在にいたるまでに淘汰され、かろうじて残ったとしても耐震性への不安から解体される例も少なくありません。

例えば、ご近所のレンガ塀、おそらく明治34年(1901)頃の柳河高等女学校の南塀は、スペースやコストの制限等により耐震補強を施す術がなく、年々崩落の危険性が高まるため、保存を諦めるしかなかったそうです。

2022年12月時点のGoogleストリートビュー

2023年10月時点のGoogleストリートビュー

ちなみに、百武 秀「福岡地方の古い赤れんがの化学成分:第2報」『福岡大学工学集報』77号 2006 福岡大学研究推進部 ) によると、上の柳河高等女学校南塀のレンガと、立花伯爵邸西洋館煙突・立花伯爵邸正門東塀のレンガは、寸法が同じ(230㎜×110㎜×60㎜)であり、柳川周辺で同じ粘土を使って焼かれた”同期の煉瓦”だと見られています。



レンガやコンクリートなどの工業製品を用いた近現代建造物の保存・修理には、日本で長年培われてきた木造建築の保存・修理の手法が活かせず、建造物ごとに新たな課題に直面します。

近現代建造物は,煉瓦,石,鉄,コンクリートといった材料を用い,一体的な躯体を形づくるところに特徴がある。それゆえ,木造のように部分的に解体して,傷んだ部材を補修した後,再び組み立てることは難しく,解体を伴う修理や改修は,文化財の価値を保持する上で必ずしも適当とはいえない。例えば,煉瓦造やコンクリート造の建造物を解体して,分解した材料を再利用しても,材料自体は残るが,建設当初の工法の一部は損なわれる。また,継続的に供用されている近現代建造物は,一般的には設備機器の更新が定期的に行われ,その際には機械の搬入や据付けのための改修を伴う。そうした設備の更新や,それに伴う改修を計画するに当たり,その時点での工事内容を検討するだけでなく,建設当初の記録などを基に現状と比較し,更には将来の改修の可能性も含めて,長期的かつ全体的に計画することが重要である。そのほか,建設材料には工業製品が用いられるようになっているが,その更新に同一の材料や製品を確保することが難しく,類似の新しい工業製品を使わざるを得ないといった課題も見られる。

PDF「近現代建造物の保存と活用の在り方」文化庁HP近現代建造物の保存と活用の在り方(報告)」平成30年(2018)7月より)



「名勝松濤園内御居間他修理工事」(2005.12~2007.3)の当時、レンガ造の文化財建造物の修理事例はまだ些少で、レンガ造の煙突に耐震補強を施した前例は全くありませんでした。

暖炉の機能を残すためには、中を空洞にしなければなりません。外側から補強すれば、煙突の意匠が損なわれます。可能な限り元のレンガを用いるという条件も外せません……難易度がハードすぎるんですけど?
わたしが担当者だったら、早々に暖炉の機能を諦めたかもしれません。



修理工事の補助金を交付する 国・福岡県・柳川市と何度も協議を重ね、耐震補強の工法が検討されました。「文化財建造物の内部に火は不要ではないか?」と問われたこともあったそうです。

そのなかで、設計・監理を担う河上先生は、難しい要求を淡々と受けとめ、傍からは愉快そうに見えるほど前向きに取り組まれて、下の図面に到達しました。

修理工事後

修理工事前

名勝松濤園修理事業委員会・河上信行建築事務所『名勝松濤園内御居間他修理工事報告書』2007 (株)御花

「耐震補強」は安全のために必要不可欠でしたが、内部構造のビフォーアフターを見ると、 現在の立花伯爵邸西洋館の煙突は、明治43年(1910)当時の煙突と同一であるとは、厳密には言えないかもしれません。

いうなれば、シン・立花伯爵邸西洋館煙突でしょうか。



それはともかく、この「耐震補強」の効果は地震時にしか発揮されないので、今でも正解は分かりません。できれば正解は分かりたくありませんが、分からないが故に迷いも生じます。

それでも文化財というバトンを預かり、次世代へと継承していくために、その時々の最善を探りながら、保存と活用をうまく両立していかねばなりません。

そして、この道の先にゴールは存在しないのです。

文化財は,有形・無形の多種多様な文化的所産からなり,取扱いに細心の注意が必要な文化財が存在する一方で,社会の中で適切に活用されることで継承が図られる文化財も存在する。文化財は一度壊れてしまえば永遠に失われてしまうため,それぞれの文化財の種類・性質についての正しい認識の下に,適切な取扱いがなされることが必要である。
また,保存と活用は互いに効果を及ぼし合いながら,文化財の継承につなげるべきもので,単純な二項対立ではない。保存に悪影響を及ぼすような活用があってはならない一方で,適切な活用により文化財の大切さを多くの人々にえ,理解を促進していくことが不可欠であるなど,文化財の保存と活用は共に,次世代への継承という目的を達成するために必要なものである

PDF「文化財保護法に基づく保存活用計画の策定等に関する指針(最終変更 令和5年3月)」 文化庁



文化財の保存と活用も、諦めたらそこで終了です。

諦めることなく「名勝松濤園内御居間他修理工事」(2005.12~2007.3)で取り戻されたシン・立花伯爵邸西洋館煙突
内緒にしていた訳ではありませんが、どなたもご存じなかった劇場版的エピソードを、今回やっとお披露目できました。

■■ 煙突修理のエピソードを、一気読みされたい方はコチラ ■■
劇場版 立花伯爵邸西洋館 CODE:White Chimney
解体レジデンス「立花伯爵邸西洋館煙突」
失われたレリーフ《立花伯爵邸西洋館煙突》
シン・立花伯爵邸西洋館煙突



【立花伯爵邸たてもの内緒話】
明治43年(1910)に新築お披露目された立花伯爵邸の建物・庭園の、内緒にしている訳ではないのにどなたもご存知ない、本当は声を大にして宣伝したい見どころを紹介します。
また、(株)御花 が取り組んでいる文化財活用の一環である、平成28~31年(2016-2019)の修復工事の記録や裏話もあわせてお伝えします。

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