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100年前の手仕事が、現代の機械には難しい……

2023/3/25

立花伯爵邸「大広間」「家政局」を100年前の姿に!を目的に、平成28~31年(2016-2019)の修復工事は実施されました。
屋根瓦の葺き替えは、現代の機械により省力されましたが、機械化があだになった工程もあります。

とくに「大広間」の内装工事では、100年前の手仕事と、機械化が進んだ現代とのギャップに苦心しました。

例えば、「大広間」のガラス障子の格子模様。
奈良の金剛砂(柘榴石)を吹きかけて削る、サンドブラストという技法によります。

【修理前】格子模様のないガラスが補完されています

修理工事では、(株)クライミング に、「大広間」のガラスを模造してもらいました。
通常は、ブラスト加工と薬品処理で “表情豊かなガラスを創る” を実現されている会社ですので、単純な格子模様はまったく難しくなかったのですが、意外な落とし穴がありました。

ガラスの厚さです。
明治43年(1910)築「大広間」のガラスは厚さが2mm、現代の一般住宅でよく使われるのは3~6mmなので、すこし薄めです。

この厚さ2mmのガラスに、通常どおり機械で砂を吹きかけると、ガラスが割れてしまいます。
しかし、風圧を落とすと、砂がノズルに詰まってしまう……

「大広間」の建具は厚さ2mmにあわせて作られているので、ガラスを厚くする手もありません。

職人さんも予期せぬ難点でしたが、「割れるな」と念を込めながら微調整を繰り返した結果、100年前の「大広間」のガラスが模造されました。

【修理後】すべて格子模様のガラスが補完されました

それ以上に苦心したのは、やはり「大広間」の壁紙です。




もう一度、修理前の壁紙をご覧ください。

【修理前】「大広間」東床の壁紙

お分かりいただけますでしょうか?

そこここに模様が抜けている箇所があります。

模様が緊密だと息苦しくなるため、適度に空白をつくり、軽やかに仕上げたのでしょう。
とってもお洒落です。

しかし、この空白をつくり出すのが一苦労でした。

京都から来た株式会社 丸二の職人さん達・設計監理・現場監督の三者により検討が重ねられました。

空白に法則性があるかも?と、長時間にわたり壁紙と向きあい続けた職人さん達。

ついには「”寿”という文字が見える!」と口走りはじめました。

あたかもランダム・ドット・ステレオグラムのように、「目を凝らせば見える」と。

ランダム・ドット・ステレオグラム一昔前に流行しましたが、ご存知でしょうか?
わたしは見えた経験は全くないのですが、言われるがままに壁紙を凝視します。


なんとなく”寿”が浮かびあがってくるように感じました……



結局、無作為だろうという判断におちつきました。



元々の「大広間」の壁紙の模様は、版木をつかって擦られたものでした。

株式会社 丸二さんが、版木による色擦りについて、とてもわかりやすい動画を公開されています。

「唐紙について」(YouTube「京からかみ丸二」)

絵具のせの段階で、のせたりのせなかったりと、無作為にムラをつくったのでしょう。

当時の職人さんの気持ちでつくられた空白には、文字は隠されてないはずです。



壁紙を張り替えるにあたり、この”無作為”が、最大の難点でした。

現代でも動画のように手仕事をお願いできますが、予算をとてつもなく超過してしまいます。

文化財を末永く保存活用していくためには、無尽蔵ではない予算を上手に配分せざるを得ません。
補助金を交付する国・福岡県・柳川市と相談しながら、名勝立花氏庭園整備委員会で修理の方針を決めていきます。



現代の機械をつかって、可能な限り「大広間」の壁紙に近いモノを制作することになりました。
つかう技法は、版木のような凸版ではなく、孔から絵具を通して刷る孔版です。ステンシルや合羽刷りともいいます。

“寿”を空目した職人さんたちにより、バランスよく空白を入れた4パターンの型紙が描きおこされました。

4パターンの型紙 福井県越前市 前田加工所にて

そこに、金銀2色刷と組み合わせることで、意図的に無作為をつくり出しました。(わたしは計算が苦手なので、4パターンの型紙×2色の場合、何通りの模様が出来るのか全く見当もつきません)

金色のみ印刷した壁紙 福井県越前市 前田加工所にて

100年前の手仕事とくらべると、すごく遠回りはしましたが、現代の機械でも、適度に空白のある軽やかな壁紙が出来ました。

【修理後】「大広間」東床の壁紙

わたしには見えませんが、もし”寿”の字が見えた方がいらっしゃいましたら、挙手をお願いします。



参考文献
株式会社クライミング(福岡県みやま市)HP株式会社 丸二(京都府)HPYouTube動画「唐紙について」(YouTube「京からかみ丸二」)、河上建築事務所『名勝立花氏庭園 大廣間・家政局他保存修理工事 石積護岸災害復旧工事報告書』2020.3.31 (株)御花

【立花伯爵邸たてもの内緒話】
明治43年(1910)に新築お披露目された立花伯爵邸の建物・庭園の、内緒にしている訳ではないのにどなたもご存知ない、本当は声を大にして宣伝したい見どころを紹介します。
また、(株)御花 が取り組んでいる文化財活用の一環である、平成28~31年(2016-2019)の修復工事の記録や裏話もあわせてお伝えします。

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殿さんが騙された?「大広間」の瓦の疑惑

2023/3/15

平成28~31年(2016-2019)の修復工事がはじまる頃、(株)御花の古株社員の某氏から、深刻な表情で話しかけられました。

某氏「今度の修理では大広間の瓦もやりますか?」

「やります!すべて葺き替えます!これで雨漏りに悩まされなくなりますよ!」

暗い顔の某氏「今の瓦はどうなりますか?」

「残念ながら記録を残して廃棄ですねぇ」(古い瓦に愛着があるのかな?)

さらに暗い顔の某氏「言っていいものかどうか迷うのですが……」

「そんな話こそ聞きたいです!」

某氏「あのですね……新入社員の頃に大先輩から聞いた話なのですが」

(ワクワク)

某氏「大広間の建築資材は大阪から船で運んできたそうで」

(口伝だ!大阪から運んだことは報告書でも読んだぞ〔註1〕

某氏「その船上でですね」

(船上!ワクワク)

声をひそめた某氏「大広間のための瓦が粗悪品とすり替えられたそうなんです……」

(え!!!!)

某氏「木材は建てた後も殿さん〔註2〕の視界に入るけれど、瓦は屋根に載せたら最後、絶対に殿さんの目には入らないからバレない、と」

(すごくもっともらしい!騙され方がとても殿さまっポイ!)

某氏「大広間の瓦は、出来が良くないからヒビが入って、だから雨漏りするんですよ」

(これは事実。実際、大広間の瓦は焼き締めがあまく経年劣化が激しいです〔註3〕

某氏「柱などの木材はすべて立派じゃないですか」

(これも事実。選りすぐりの木材が使われています〔註4〕

某氏「木材と瓦の品質に差がありすぎるのは、殿さんが騙されたからだと大先輩が言ってました」

(ちゃんと筋が通ってる!信じちゃう!)

深刻な某氏「殿さんが騙された話は、おおっぴらには言えないので、今まで黙ってきました」

(えらいな、社員の鑑だな)

とても深刻な某氏「でも、瓦も修理するなら、白日の下にさらされるのですよね……」

「安心してください、殿さんは騙されていません。大前提が違ってます。
木材は大阪から取り寄せましたが、瓦は地元の柳川周辺でつくられたものです

某氏「え!!!!そうなのですか?
でも、木材はわざわざ遠方から取り寄せたのに、なんで瓦はそうしなかったのですか?」

「それはですね、瓦はとても重く、そして大量の瓦が必要だったからです。
当時の輸送力では、遠方から瓦を運ぶのはとても難しく、地産地消となったのです

某氏「じゃあ、騙された殿さんはいなかったのですね、よかった……」

以上、多少脚色しましたが、実話です。


おそらく御花の大先輩は、目の前のチグハグさを、自分の知識の範囲で辻褄を合わせ、知らずにストーリーを作ってしまったのでしょう。とても興味深い事例です。
そして、殿さんが騙された話は絶妙に面白く、確証がなければ、わたしも完全に否定できなかったかもしれません。

註を解説しながら、騙された殿さんがいないことを証明していきます。

まず先に、註2:殿さんは、柳川ではトンさんと読みます。


註1
国の指定文化財を、国・県・市などから補助金を交付されて修理する場合、修理の前後をきちんと記録に残すために、報告書を作成しなければなりません。

(株)御花が主体となって実施した修理工事の報告書は、2007年『名勝松濤園内 御居間他修理工事報告書』、2020年『名勝立花氏庭園 大廣間・家政局他保存修理工事 石積護岸災害復旧工事報告書』の2冊があります。

報告書の作成にあたり、有明高等工業専門学校建築学科教授・松岡高弘氏と(株)河上建築事務所・河上信行氏が中心となって、残された図面や古文書類まで丹念に調査され、その成果も報告書にまとめていただきました。

とても充実した内容の、自慢の報告書です。


註3
立花伯爵邸の瓦は、瓦に刻印された地名から、地元柳川でつくられたことがわかります。

現在、全国の瓦の多くは、限定された生産地域でつくられた機械製品です。しかし、昭和初期ころまでは、それぞれの土地で焼かれた手作りの瓦がつかわれていました。

修理前の瓦は、土の耐火度が低いために焼き締めが十分でなく、100年の経年劣化もあわせて、「凍害」「割れ」「欠け」のある瓦が多く見られました。

平成28~31年(2016-2019)の修復工事では、明治期の瓦に色が近く、耐久性のある瓦をもとめ、瓦の日本三大産地のひとつ、愛知県の三州瓦を約1万3千枚つかっています。


註4
立花伯爵邸の材木「御建築用材」の調達は、成清仁三郎さんが請け負い、長崎・大阪・名古屋で材木の市場調査の末、材料や木挽人夫等の手間賃の高騰に困らされながも、ケヤキ・ヒノキ・スギ・ツガ・マキ・タガヤサン等を大阪から納入したことが、残された文書資料からわかります。

ただし、修理で発見された板の摺書には、秋田や宇都宮の地名も見られるので、全国から集められた中で選りすぐりの良い材木を見分したのでしょう。



報告書では、刻印や摺書の写真や、ほかの文書資料なども掲載され、註3と註4がさらに詳述されています。



実際の修復工事にて、大型トラックやクレーン車、瓦を屋根に揚げる機械「瓦揚げ機」の大活躍ぶりを目にすると、100年以上前に人力のみで瓦を葺いた際の労力は計り知れません。

この修復工事をつぶさに見学した経験と、報告書の記録により、 わたしは確信をもって瓦の疑惑を否定することができます。


ですが、歴史を学ぶ必要性を実感する、とても良い教材となりました。


参考文献
名勝松濤園修理事業委員会 河上信行建築事務所『名勝松濤園内御居間他修理工事報告書』2007.3月 (株)御花、河上建築事務所『名勝立花氏庭園 大廣間・家政局他保存修理工事 石積護岸災害復旧工事報告書』2020.3.31 (株)御花

【立花伯爵邸たてもの内緒話】
明治43年(1910)に新築お披露目された立花伯爵邸の建物・庭園の、内緒にしている訳ではないのにどなたもご存知ない、本当は声を大にして宣伝したい見どころを紹介します。
また、(株)御花 が取り組んでいる文化財活用の一環である、平成28~31年(2016-2019)の修復工事の記録や裏話もあわせてお伝えします。

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フレキシブルな「大広間」床の間[後半]

2023/2/22

平成28~31年(2016-2019)の修復工事では、立花伯爵邸「大広間」の西側の床の間「西床」を復原しました。




参考としたのは、一枚の古写真と柱や梁に残された痕跡です。

立花伯爵邸「大広間」西床 現存する唯一の古写真

河上建築事務所による入念な調査の末に、復原のための設計がなされました。

理想としては、元の「西床」の木材を再利用したいところですが、関係者一同、誰も心当たりがありません。
ステージの改造は、およそ半世紀前。
当時は文化財であるという意識も薄かったので仕方ないと諦めて、新造する設計になりました。

修復工事がはじまった頃、わたしは倉庫で丸太につまずきました。
年に5回ほどしか来ない倉庫なので、毎回忘れて、毎回つまずくのです。

なぜここに 丸太が 転がっているのだろう?
長くて重くてすごく邪魔……と思った瞬間、ハッとひらめきました。

これって「西床」の木材じゃない?!

きちんと見ると、長さ12尺(3.6m)ほどの鉄刀木 タガヤサンで、ホゾ穴があき、加工されています。東南アジア産の鉄刀木は、漢字のとおり非常に硬くて重い高級木材であり、よく床柱として使われる材です。

急いで設計監理の河上先生に報告すると、フレキシブルに設計が変更され、「西床」の床柱として組み込まれることになりました。



きれいに洗われて、今では立派な床柱によみがえっています。




見るたびに、これぞ適材適所としみじみ思います。


修復工事後に、戦前から立花家・御花に勤めていた番頭さん(故人)が「大広間の床柱と仏間廊下のケヤキ板を床下に入れた」と仰っていたという証言を聞きました。現時点では床下ではなく倉庫ですが、ケヤキ板もちゃんと保管されていますので、ここに記しておきます。



よみがえった「西床」の床柱は鉄刀木の面皮柱です。
「東床」はどうでしょうか?



2017年8月のGoogle撮影時は床框 トコカマチ(床の間の前端の化粧横木)に保護カバーが被せられていますので、こちらもご覧ください。

大広間「東床」修復後
ちなみに修復前の「東床」

お分かりいただけますでしょうか?

「東床」の床柱は杉の角材です。
数寄でも侘びでもなく、まったく面白みはありません。

しかし、この柱は「四方柾 シホウマサ」
四面すべてを細めで均一な柾目 マサメ(まっすぐな木目)にするために、数倍の大きさの丸太から贅沢に切り出された最高級品です。

また、縦の床柱と横の長押 ナゲシ との接点(釘隠 クギカクシ のある所)での、長押が裏までまわりこむ取付き「枕捌 マクラサバキ」や、床框の黒漆蝋色塗 ロイロヌリ での仕上げなど、すべてに手間がかけられています。

つまり「東床」は、最も格式が高い床の間としてつくられているのです。

ちなみに「西床」は、長押が床柱の正面でとまる「雛留 ヒナドメ」という取付き、床框は拭き漆仕上げとなっていて、一段階ほど格が下がります。

それでも、床の間の畳「畳床」にはサイズ(東床は約390×120cm、西床は約242×95cm)に合わせた大きな特注品(一般的な畳のサイズは約182×91cm)が使われるなど、シンプルですが贅沢です。

修復工事では、「東床」の床框も塗り直しました。

実際の作業を見学させてもらいましたが、木地に透けた漆を塗り、余分な漆を拭き取る工程を繰り返す「西床」の拭き漆仕上げも、木地に油分を含まない漆を塗り、木炭で研ぎ出し、さらに磨いて光沢を出す「東床」の蝋色塗仕上げも、どちらも丹念な手仕事でした。

この艶めき、キズひとつ付けてはならぬ!と心に誓いました。
どうか皆さま、実際の「大広間」では、お手を触れずにご鑑賞ください。



【立花伯爵邸たてもの内緒話】
明治43年(1910)に新築お披露目された立花伯爵邸の建物・庭園の、内緒にしている訳ではないのにどなたもご存知ない、本当は声を大にして宣伝したい見どころを紹介します。
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金銀に輝く壁紙にひそむ新旧の技術

2023/1/31

平成28~31年(2016-2019)の修復工事では、経年により変色した「大広間」の壁紙を、新旧の技術で再現して張り替えました。

作業はすべて、今では失われつつある、京都の職人さん【株式会社 丸二】の技によります。

旧壁紙のはぎとり

2016年8月
旧壁紙の内側(残念ながら重要な文書は出ませんでした)

旧壁紙の調査

蛍光X線分析を主とした調査の結果、 黒ずんでいた菱形文様は、真鍮(銅+亜鉛)による金色と銀の2色刷と判明しました。経年により、銀は黒色に、真鍮は銅が緑青化して緑がかった褐色に見えていたのです。

2016年9月 福岡市埋蔵文化センターにて

組子の修理

2017年3月

壁紙の下張り

可能なかぎり旧来の手法を踏襲しましたが、下張りは反故紙を利用せず、新たな和紙を、厚さや糊付けを変えて七重に貼り重ねた上に、本紙を上張りしました。

張り方によって糊の濃度も変えます

①骨縛り 
厚めの楮紙と濃いめの糊により、組子の暴れと型くずれを防ぐ
②胴張り
虫害や変色につよく、燃えにくい緑色の名塩和紙(雁皮に泥土をまぜた和紙)により、骨が透けて見えるのを防ぐ
③田の字簑
少し濃いめの糊を田の字につけ、緩衝となる空気層をつくる
④簑縛り
楮紙を押さえつけ、壁面化させる
⑤浮け
楮紙により通気のための層をつくり、下地の灰汁を通さない
⑥ 二重浮け
⑦浮け縛り
茶色の機械漉和紙(混入物がない、のびが少ない)により、下が透けず皺がでない

2017年4月 ①骨縛り
2017年5月 手前から白・②緑・⑦茶色の和紙が張られています

壁紙の本紙上張り

本紙は越前の手漉き和紙です。
和紙を漉くための枠「漉きぶね」も、「大広間」壁紙のサイズに合わせ、通常の襖のサイズよりも大きくなっています。

福井県越前市 やなせ和紙(http://washicco.jp)にて

金銀2色の文様はスクリーン印刷。
顔料は金属粉よりも変色しにくい、雲母と酸化チタンからつくられる顔料を使いました。

福井県越前市 前田加工所にて
福井県越前市 前田加工所にて

丈夫な越前の手すき和紙に、新技術で刷られた輝きが、100年後まで変わらずに続いていくはずです。

註:ただし、新技術は新しいので、まだ100年の実績がありません。



壁紙が張り替えられた「大広間」は、とても明るく軽やかで、修復前とは印象がガラリと変わりました。

2017年6月 畳を敷く前 四分一も見えますか?
100年前の輝きをとりもどした「大広間」

株)御花では、この「大広間」を結婚披露宴の会場としても活用していますが、金銀でおめでたく華やかな宴にピッタリ
100年前の建築当初には想定していなかった使い方なのに、先見の明でしょうか……

しかし、明るさと軽やかさのヒミツは壁紙だけではありません。



【立花伯爵邸たてもの内緒話】
明治43年(1910)に新築お披露目された立花伯爵邸の建物・庭園の、内緒にしている訳ではないのにどなたもご存知ない、本当は声を大にして宣伝したい見どころを紹介します。
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知られざる四分一

2023/1/26

四分一と書いて、シブイチと読みます。

辞書には、
  ①4分の1。四半分
  ② 銅3、銀1の割合で作った日本固有の合金。装飾用。朧銀。
  ③室内の貼付壁をとめるために周囲に取り付ける漆塗の細い木
と3項目の説明があります。 

※広辞苑・大辞林・大辞泉の記述を要約

今回の「四分一」は③、建築で使われる用語です。

わたしは、刀装具などの金工品に用いられる②は知ってましたが、③は立花伯爵邸の修復工事を担当するまで知りませんでした。

しかし、立花伯爵邸「大広間」を見学された方はすべて、「四分一」をご覧になってるはずです。

立花伯爵邸「大広間」修復前
立花伯爵邸「大広間」修復後(現在)

お分かりいただけますでしょうか?

コレです。

残念ながらこれよりマシな写真はありませんでした

壁からはずされた四分一
黒い方です


「四分一」とは、4分×1寸、つまり断面が約12㎜×約30㎜であることに由来する呼称です。

壁や床などの境目を、美しく始末するための「見切り材」の一種であり、おもに紙や布を貼った貼り付け壁の縁に取り付けられています。

実際に「大広間」をご見学いただくのが一番なのですが、写真を凝視すると、各区画の壁紙に額縁のように付けられているのが見えてきませんか?






平成28~31年(2016-2019)の修復工事では、立花伯爵邸「大広間」の壁紙をすべて貼り替えました。

京都から職人さん達【株式会社 丸二】が下見に来た際に、わたしは初めて「四分一」を視認しました。何年も見てきた「大広間」なのに……まことにお恥ずかしいかぎりです。

2016年7月 
職人さん・設計監理・現場監督の三者下見

壁紙の貼り替えと同時に「四分一」も新調するのですが、いくつかの難点があげられました。

  1. 最近は紙の貼り付け壁が激減、さらに「四分一」の施工例は希少で、作業経験のある職人さんも少ない。
  2. 「大広間」の「四分一」は黒漆塗り仕上げであるが、細長い木材に漆を塗るにはコツが必要。あつかえる職人さんはごく少数のうえ、高齢化している。
  3. 「大広間」の「四分一」は最長で2メートルをこえるほど長く、必要本数も大量。漆塗りには体力を要し、高齢化された職人さんから避けられる可能性がある。


再利用しては?とうかがうと、「四分一」は釘付けされていて、古い壁紙とともに、むしりとるように撤去するしかないとのこと。

釘? どこに?

左:剥ぎとる前、右:剥ぎとり後 釘隠ではなく四分一をご覧ください




1年後、実際の作業を見てはじめて理解できました。

四分一の取り付け【釘を隠すための工程】

両端がとがった合釘 アイクギ を、「四分一」の内側に半分打ち込みます。
その合釘が仕込まれた「四分一」を、傷が付かないよう当て木をして、紙を張り終わった壁に打ち付けています。

2017年6月 新調四分一のサイズ合わせ


もちろん、ぴったりと納まるように、寸法は現場にて合わせられました。












壁紙の撤去は修復工事の序盤。
畳や瓦が次々に取り除かれ、「大広間」の内部構造があらわになっていきます。

2016年9月「大広間」 壁紙・四分一撤去後
はぎとられた四分一
(全体のほんの一部です)


外された「四分一」の断面を見てはじめて、角がけずられる「面取り」加工に気がつきました。

当然、「大広間」のすべての「四分一」が面取りされています。


















このような、とても丁寧に工程が重ねられた贅沢さが、大名から伯爵となった立花家400年の歴史の重みだといえます。

わたしも修復工事のなかで、 各所にかくれていた贅沢さを再発見しました。
しかし、どれも派手なキラびやかさはなく、一見しただけでは分かりにくいのです。

なかなかお伝えすることが難しい立花伯爵邸の見どころを、学芸員として非常にもどかしく思っていましたので、遅ればせながら修復工事の裏話もふくめて、これから紹介していきます。

【立花伯爵邸たてもの内緒話】
明治43年(1910)に新築お披露目された立花伯爵邸の建物・庭園の、内緒にしている訳ではないのにどなたもご存知ない、本当は声を大にして宣伝したい見どころを紹介します。
また、(株)御花 が取り組んでいる文化財活用の一環である、平成28~31年(2016-2019)の修復工事の記録や裏話もあわせてお伝えします。

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(立花家の)刀剣を楽しむ旅行プランの提案

2017/1/9

柳川はおだやかに2017年を迎えました。

20170101

 

 

 

 

 

 

 

このままおだやかな一年になることを願いますが
そう、今年は立花宗茂生誕450年。
年末の特別展に向けて、荒ぶる一年になりそうな予感がしています。

 

この荒ぶる一年の最初を飾る、荒ぶる行事がこちら

 

第4回九州大名家資料研究会トークイベント「九州大名家伝説の名刀と拵え」

 

1月21日11時から、福岡市博物館で開催します。

参加申込は年末からpassmarketで受け付けていましたが
すでに予定枚数に達したため終了しました。
少数ですが当日配布整理券も予定しています。
枚数は前日までに確定して、当館公式twitterでおしらせします。

 

さて今回は
トークイベントに参加される方
参加しないけど1月21日あたりに福岡市博へ行かれる方
刀に興味があって1月20日~22日あたりに休みがとれそうな方へ
立花家史料館が提案する旅行プランのご案内をいたします。

 
【1日目(1月20日)】

◆西鉄電車に乗って柳川へ

観光列車「水都」に乗ると、旅情をより楽しむことが出来ます。
「水都」は日によって運行ダイヤが違いますので
ご確認の上ご乗車ください。

20170108_01

柳川では水都バスも走っています

 

 

 

 

 

 

 

 

柳川藩主立花邸御花にチェックイン

20170108_04

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご好評いただいている九州戦国御膳プランが
1月20日・21日だけスペシャルになります。

 

スペシャル1:
戦国武将(熊本城おもてなし武将隊)の声で朝を告げてくれる「オリジナルボイス目覚まし時計」に
立花宗茂と雷切丸くんバージョンが登場

20170108_02

 

 

 

 

 

 

 

 

雷切丸くんと殿の会話はすでに収録済みなのですが
予約状況によっては、誰にも聞かれないままに終わってしまうのではないかと
スタッフがはらはらしています。
雷切丸くんが殿におねだりしたりする特別バージョンを、ぜひ皆様に聞いていただきたい。

なお今の期間は、他の武将さんたちの目覚ましも
刀剣に関する内容で起こしてくれる仕様になっています。

 

スペシャル2:
大広間の修復工事事業に伴い、新しく架け替える屋根の『瓦』に
ご自分でお名前を書いて頂けます。

絶賛工事中

絶賛工事中

 

 

 

 

 

 

 
新しい瓦は次の修復工事(おそらく100年後)まで、大広間の瓦として設置されます。
100年間続くスペシャルです。

 

スペシャル3:
20日(土)にご宿泊のお客様で福岡市博物館で行われるトークイベントにご参加のお客様は
翌朝、西鉄柳川駅までお送り致します。

柳川藩主立花邸御花のスタッフが
電車の時間にちょうど間に合うように、車でお送りします。

 

九州戦国御膳プランのご予約は
柳川藩主立花邸御花へお問い合わせください。
電話:0944-73-2189

 

◆立花家史料館で「脇指 無銘(雷切丸)」を鑑賞する

20161008_01

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿泊プランについているチケットを使って
ご飯の前に立花家史料館へ行きましょう。

九州大名家資料研究会の開催を記念して
1月18日~24日の間、「脇指 無銘(雷切丸)」を特別公開。
展示ケースの関係で、いつもより近くで見られます。

閉館は18時(入館は17時半まで)です。

 

◆九州戦国史に思いをはせながら、食事を楽しむ

九州戦国御膳プランのお食事には
それぞれのメニューと戦国武将との関わりを解説した栞がついてきます。
立花宗茂と、ゆかりの戦国武将をイメージした、本格会席料理をお楽しみください。

 

◆明日を楽しみにしながらぐっすり眠る

柳川の夜は静かです。
ぐっすり眠って、英気を養いましょう。

 

【2日目(1月21日)】

◆武将めざましでさわやかに目覚める

ご予約時にご希望の武将をおしらせください。
(立花宗茂と雷切丸、加藤清正、黒田官兵衛、細川忠興、小西行長、森本儀太夫)
もちろん期間限定の立花宗茂と雷切丸くんが一押しです。

 

◆柳川から福岡市博物館へ移動

九州戦国御膳プランでご宿泊の方は、スタッフ運転の車で柳川駅へらくちん移動。
柳川駅からは西鉄電車に乗って福岡市(天神)へ。
天神から市博への移動は、都市高速を経由するバスが便利です。
「圧切長谷部」公開と、コラボ缶バッジ販売で大賑わい中の、福岡市博物館が
第4回九州大名家資料研究会トークイベントの会場です。

 

トークイベントの後は、圧切長谷部と日本号を鑑賞したり
フィンランド・デザイン展を鑑賞したり
図録を買ったりしましょう。

 

◆博多駅から都城へ移動

圧切長谷部の余韻に浸っている場合ではありません。
ここで九州内を大きく移動します。

博多駅から九州新幹線と特急きりしまを乗り継いで
都城へ向かいましょう。

そこで待っているものは

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1月21日から都城島津邸で始まる
「島津の至宝~文化財と地域博物館の魅力~」

こちらの展覧会に、立花家史料館所蔵の
国宝「短刀 銘 吉光」が展示されます(2月12日まで)。

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都城島津邸は17時閉館(入館は16時半まで)ですので
到着した日は、都城のおいしいご飯を食べて一泊。
翌日にゆっくり訪れるのがよいでしょう。
ちなみに開館は9時だそうです。

 

【3日目(1月22日)】

◆都城島津邸→帰宅

お家に帰るまでが旅行です。
この数日間の思い出を胸に、帰路につきましょう。
お土産の置き忘れにご注意を。

 

以上が、立花家史料館が提案する、(主に立花家の)刀剣を楽しむ旅行プランです。
雷切丸と共に、みなさまの旅の安全をお祈り申し上げております。

 

なお、ゆるく作ったプランですので
行程的に難しいと思われる部分は
良きようにカスタマイズしてご利用ください。

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立花家史料館 夏の思ひ出 その壱

2016/8/24

柳川市の小学校は、今日で夏休みも終わり、明日から授業が始まります。

そこで立花家史料館でも、暑かったこの夏を日記風に振り返ってみることにしました。

 

【7月1日】

大廣間の保存修理工事が始まる。

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西洋館横にクレーンがやって来て作業開始。

大廣間では、金甲の片付け。

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一方、大阪では
「とんブラ2016戦国バル」に出演する
当館スペシャルサポーター・立花宗茂さん(熊本城おもてなし武将隊)をサポートするべく
史料館スタッフも柳川キャラバン隊(with金甲)に参陣。

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【7月2日】

アクロス福岡の文化学び塾で
次回展示の事前レクチャー講座。

 

11月13日開催のイベント
立花宗茂と小説『無双の花』
『無双の花』朗読と葉室麟氏との語りで辿る、宗茂と誾千代、官兵衛と清正の心」
情報解禁

特報チラシ表

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【7月3日】

館長は、北九州で立花家の茶道に関する講演会。

館では、迫り来る展示替えの準備大詰め。

 

【7月4日】

史料館が展示替え休館の期間、柳川藩主立花邸 御花の庭園入口で配布する
クリアファイル・絵葉書セットの袋詰め作業。

特集展示「よくわかる刀剣のみかた-柳川藩主立花家伝来の刀剣」終了。

 

【7月5日】

展示替え初日。

大活躍した雷切丸も収蔵庫へ。

立花家史料館公式twitterより

立花家史料館公式twitterより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【7月6日】

大廣間の工事現場では足場の設置が着々と進む。

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【7月8日】

こども企画展「あつまる!アニマル!たまに…オバケ?」はじまる。

おおさかチラシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展示替えに伴い、音声ガイドも更新。
こども企画展部分の声の出演は、板橋涼太さん。

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「へっちゃらへいたろう」第1話スタート。
第1話のピックアップオバケはフレンドリーオバケ「ひとつめのすけ」

ひとつめのすけ

やぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【7月9日】

なぜか電話問い合わせの多い日。

18時過ぎに地震。

 

【7月13日】

柳川藩主立花邸 御花が施設メンテナンスのため全館休館。
それに伴い史料館も臨時休館。

史料館スタッフは出勤。
雷雨の中、某館の方が某資料の調査のため来館。
(情報の詳細は9月初旬に公開予定)

 

【7月14日】

NHK BSプレミアム「華族150年の旅路~激動を生き抜いた日本の名家~」(9月10日放映)の取材対応。
今日は史料館内で甲冑を撮影。

 

【7月15日】

昨日に引き続きテレビ番組取材対応。
西洋館2階に染付藤文ティーセットをセッティングしての撮影に立ち会い。
遂に伯爵令嬢・立花文子に光が当てられ、わくわくする。

立花文子(1910-2010)

立花文子(1910-2010)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福岡県博物館協議会(於石橋美術館)に出席。

 

「とんブラ2016戦国バル」の映像をYouTube公式チャンネルで公開。

 

【7月16日】

Google Arts & Culture の日本の匠プロジェクトをご覧になった海外の方からお問い合わせあり。

最近海外からのお問い合わせが多くなってきた。
「世界の立花家史料館」の片鱗が見えてきた予感。あくまで予感。

 

【7月20日】

総務ミーティング。

 

【7月24日】

コーエーのダーク戦国アクションRPG『仁王』に立花宗茂が登場し
主人公「ウィリアム」と戦うとの情報があったため
今日の宗茂くんに「ウィリアム」と言わせる。

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立花家史料館 スタッフブログより

 

 

 

 

 

 

しかし誰にも気づかれず、twitterの「ブログ更新しました」は誰にもリツイートもされず、
スタッフからも「ウィリアムって何ですか」と言われる始末。

宗茂くん、ウィリアムさん、何かごめんなさいでした。

 

【7月25日】

「へっちゃらへいたろう」第2話スタート。
第2話のピックアップオバケはゆらゆらオバケ「ヒョウたん」

ヒョウたん

ゆらゆらしてるだけ 特になにもしない

 

 

 

 

 

 

 

 

【7月27日】

修理工事のために、朝からとてつもなく大きなクレーン車がやってくる。

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高橋紹運の菩提寺である天叟寺で、岩屋城戦没者法要(431回目)。
1回も途切れず続いているとのこと。
読経の後、柳川みのり幼稚園の園児による劇「道雪と紹運~宗茂ふたりの父~」が披露される。
(この劇は10月1日の上半期発表会でも披露されるそう)
ちなみに前回の劇「立花宗茂-天に向かって、恥じぬ生き方こそ『立花』」はこちら。

 

平成28年度第2回文化講座開講。

 

立花家史料館が登録博物館となる。

 

【7月28日】

年に一度の早朝清掃日。

展示係ミーティング。

 

【7月29日】

資料係ミーティング。

大名道具収蔵館研究会と九州大名家資料研究会の開催についての打ち合わせ。

 

24日の「ウィリアム」の反省を踏まえてツイート。

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立花家史料館公式twitterより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで7月が終わる。
その弐に続く。

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