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立花宗茂はニワトリの羽根で兜を飾っていた?!後半

2023/1/15

宗茂の視点でニワトリを見るために、時間をさかのぼってみます。

現存する日本最古の書『古事記』(上巻 天の岩屋)に記される「長鳴鳥」は、鳴くことで太陽の出現をうながすところから、ニワトリを指すといわれます。闇夜が終わり、光輝く朝が来たことを告げるニワトリは、霊鳥として崇められていたようです。

イメージ参考図  狩野英信「中諫鼓鳥左松旭右竹月図」 江戸時代中期 当館蔵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、雄鶏同士を戦わせる闘鶏「鶏合わせ」の歴史は上代から始まり、時には、『平家物語』にみられるように、「鶏合わせ」で命運を占うこともあったようです。室町時代以降、闘鶏はさらに盛んになり、賭け事の対象ともなって広まっていきました。

 

現代っ子で食いしん坊のわたしは、卵や肉を食べる対象として見てしまうニワトリですが、400年前の宗茂が見ていたニワトリは、朝が来たこと告げ、勇ましく戦う、美しい鳥であったのでしょう。例えば、宗茂より150年ほど後の絵師、伊藤若冲の代表作「絹本著色動植綵絵」【国宝】(国所有 宮内庁三の丸尚蔵館保管)に描かれたニワトリも、色鮮やかな美しさと力強さをもって迫ってきます。

 

久連子鶏などの日本鶏の一部は雑種化されることなく個性が守られ、今も大切に育てられています。容姿の良さ、声の美しさや長鳴性、報晨の正確さ等の長所が育まれ、戦うための強靭さや胆力を養われた日本鶏たちは、まさに芸術品ともいえます。

しかし、そのなかでも、宗茂の兜を飾る羽根のような、玉虫色に輝くほどの艶がある黒色で、幅が広く、ふんわりとカーブする、長めの尾羽をもつ種は、久連子鶏以外には見つけられませんでした。当時の宗茂と久連子地区との接点はなさそうなので、400年前には似た尾羽をもつ他の種も存在していたのでしょう。候補の1つに、鹿児島の幌鶏の系統を考えていますが、すでに絶種して確かめる術がありません。

 

宗茂の兜の羽根(鳥毛後立)は確かにニワトリの羽根ですが、聞くのと見るのとでは全くイメージが変わるはずです。是非オンラインツアーで、芸術品のような日本鶏の中から宗茂が選びぬいた、美しい尾羽をお確かめください。新たな日(時代)の到来を告げる、美しさと強さを兼ね備えたトリの羽根は、まさに宗茂にふさわしく、見た目と意味のトータルでセンス抜群ではないでしょうか。

 

まったくの余談になりますが、この宗茂の鳥毛後立をふまえた上で、同じく鳥毛を兜の立物として使用する、宗茂より4歳年長の細川忠興(1563-1645)所用の兜の「山鳥尾羽の掴指」(黒糸威横矧二枚胴具足)を鑑賞されると、いろいろと考察がはかどるのでオススメです。

 

オンラインツアー「立花宗茂の甲冑大解剖~すべて魅せます!表も裏も細部まで~」は、オンラインだからこそできる内容を目指した当館初企画です。第1回目は「伊予札縫延栗色革包仏丸胴具足」。展示中の甲冑を脱がせながら、裏側をのぞいたり細部に肉迫したりと、植野館長が直接カメラで撮影をしながら解説します。付録の「立花宗茂の甲冑大解剖解説冊子」(B6版16頁オールカラー)も充実しているので、例えば徳川家康とか、他の武将の当世具足を鑑賞するときにも必ずお役に立つはずです。

参考文献 『古事記』上巻「天の石屋②」(古事記ビューアー/國學院大學「古典文化学」事業)、尾崎士郎『現代語訳 平家物語 下』青空文庫文化遺産オンライン(文化庁)、黒田智「ニワトリ 神意を告げる霊鳥」(中澤克昭 編『人と動物の日本史2歴史のなかの動物たち』2009.1.10 吉川弘文館)、日本家禽学会HP「日本鶏の紹介」、小山七郎『日本鶏大観』1979.4.15 ペットライフ社

 

***ココまで知ればサラに面白い***

学芸員として人前で作品解説をする際、ココまで知ればサラに面白くなるけれどと思いながらも、時間等の都合でフカボリせずに終わらせることは少なくありません。そんな、なかなかお伝えする機会のないココサラ話をお届けします。

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